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書籍名 『悪党芭蕉』 [amazon.co.jp で検索]
出版社名 新潮社
著者名 嵐山 光三郎
[001] 2007/03/25 18:26:29 三田 守久
 「眼から鱗」という表現があるが、なるほど、と思わせられる本だった。

 芭蕉に関する記述は、あれやこれや「つまみ読み 」はするものの、「侘び」、「寂び」であったり、「西行」や「歌枕」であったり、いずれにしろ風雅の世界に関わるものが多く、芭蕉の「俗」の側面については通りいっぺんのものがほとんどだ。

 著者はふだんわたしたちがあまりお目にかかることのない芭蕉のそうした側面に焦点をあてる。それはおおむね芭蕉の男色趣味と、知ってか知らずにか呼び込んでしまうアヤシげな人物との関係、そしてなかなか危ない現実のなかでの身の処しかたについてであるように思う。

 曰く、
 「・・・杜国は女にしたいほどの美貌の若衆で、芭蕉はたちまち心を奪われた。」
 「芭蕉の周囲は危険人物だらけである。」
 「蛙という、さして見ばえのしない小動物を句題した『蛙合』は、時流に沿ったものであった。」(「生類憐みの令」が発令されていた)
 「芭蕉は、衆道を好み、両刀遣いであった。」
 「杜国にしろ凡兆にせよ、芭蕉が重用した逸材である。・・・そういう逸材に限って犯罪者となる。獄に繋がれるのは当人の責任であって、芭蕉が悪いわけではないが、もともと危険人物であった者に芭蕉は魅かれる。」
 「芭蕉は、才覚ある者を好んだ。金銭を持つパトロンを大切にした。」
 「芭蕉個人は、罪ある流れ者を好む傾向があって、・・・」
 「いずれにせよ、芭蕉はスキャンダルをかかえて江戸住いをしており、困ったことに、自らすすんでスキャンダルへ突入していく破滅志向があり、・・・」
 「芭蕉の衆道は俳句愛好家のあいだでは禁句となっており、・・・」
 「芭蕉は、仕官を夢みて挫折しただけあって、つねに政治的動向に目を配っていた。」
などなど数多く記述されている。

 結局、芭蕉は、いま風にいえば、かなり「とんがった」人物だったのだろう。 
 そうではあるけれども、「反体制」というほどのものではなく、「体制」のなかに位置していたといえるのではなかろうか。

 著者の嵐山光三郎氏が結びで、
 「この一冊を書き終えて、正直いってへとへとに疲れた。知れば知るほど、芭蕉の凄味が見えて、どうぶつかってもかなう相手ではないことだけは、身にしみてわかった。」
と敬意を表していることは書評に書き残しておこう。

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