書評へのコメント追加

書籍名 補助線思考 [amazon.co.jp で検索]
出版社名 ダイアモンド社
著者名 角野洋平 
[001] 2007/04/10 17:42:24 山田博英

この本は1975年に出版された本で(古本しかないようです)、僕なんかが今日に感じる産業界の空気を、先を見る人はもうそんな前に見ていたのだな、と思う内容でした。そのような空気からの脱却のために補助線という概念を導入して新しい考えに立とうと提唱しているもので、僕も最初のうちは補助線と言う言葉をこの著者と同じように使っていました。1990年にITインフラができてきて、現在はこの本で指摘された問題が顕在化され、それを実際にとかねばならなくなった時代になったと思います。そのときの社会モデルのフレームをルーマンは提供していて、補助線という言葉もそのモデルに合わせてルーマンの言うところの?「区別して指し示す」のことに使えばよいのではないかと感じています;
http://home.m04.itscom.net/hhomey/memo0.html

swimyで正統的周辺参加という話が出ていますが、それが経済学のような社会学においては付帯的な話ではなくラインの話として必要なのだ、ということがケインズの言葉を借りて説明されていて、とても納得なので少し引用です;
引用開始ーーーー
「学際」という言葉を、この一,二年の間に日本の経済学者が使うようになった。「学際」とは、いろいろな学問を結びつけるという意味だが、要するに近代経済学者がこれまで、足で蹴っとばしてきた政治学や社会学、それに哲学、心理学など、他の分野の学者たちと討論し、調査研究していこうというもの。・・・ケインズは、「マーシャル伝」の中で、こんなことを言っている。
「経済学の研究には非凡な特殊天分が必要であるとは思われない。知的にみるとき、哲学や純粋科学のより高級な部門に比較して非常にやさしい学科なのではなかろうか。ところが優秀な経済学者、いや資格ある経済学者は珍鳥中の珍鳥である。やさしい学科なのに、優秀な経済学者が極めて少ないとは。このパラドックスは、経済学の大家が種々の天分の稀なる組み合わせを持たなければならないという点に見出される・・・・」
引用が長くなったが、ケインズは、経済学というものは、多くの学問に精通し、それらの学問の組み合わせ如何によって、一流か二流か三流かが決まるという。多くの学問に精通するとは、どの程度までのことをいっているのかといえば、ケインズは、
「すべての学問で一流になるのは不可能だが、二流にならなければならない。二流の学問をいかに組み合わせているかで経済学者の価値が決まる」
というのである。
引用終わりーーーーーー

僕はこの考え方は経済学だけではなく、僕らの日常で誰にでも必要になってきているのではないかと思えます(僕自身は消え入るほかありませんが);二流でなくて三流でも五流でもよいから、周辺の知識をできるだけ備えて(自分の殻に閉じこまらず)、他の人や機能と連携しながら自分のミッションを果たす。そしてこれはエンゲルバーとの;
http://home.m04.itscom.net/hhomey/network.html
この図が言っていることに思えるのです。

書評・コメントを追加してください。

発言者名
内容
ID
パスワード

書評・コメントの追加には入会時にお知らせした Swimy メンバー専用の共通 ID とパスワードが必要です。ID や パスワードが不明のときは事務局(contact@swimy.org)までお問い合わせください。