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書籍名 『逝(ゆ)きし世の面影』(平凡社ライブラリー552) [amazon.co.jp で検索]
出版社名 株式会社 平凡社
著者名 渡辺京二著
[001] 2008/02/04 14:14:32 三田 守久
 元々ハードカバーだった本の文庫本スタイルでの復刊だそうだが、ずいぶん大部(606ページ)なものである。

 なんだかノスタルジックなタイトルなのだが、内容はそれほど情緒的でもなく、江戸末期から明治初頭にかけてなんやかやの目的で日本にやってきた外国人の残した文献から、かれらの印象を引用のかたちで紹介するととともにそれへの著者の意見/見解といったところだろうか。

 しかしなんともすごい数の引用文献数である。生半可な数ではなく、しかも日本語に訳されていないものは原語で読破したのであろうから、これら全部に目を通した著者に圧倒される。引用した文献は、英語の文献21、日本語に訳された文献129、日本の文献21、合計で170文献にもなろうというのだからすごい。

 ふだん「文明」ということばのほうが「文化」ということばよりも大きい概念であるかのように思っていたのだが、この本のなかでは違う。つまり江戸末期から明治初頭にかけて存在していたものは「文明」であり、世界でもそこだけに、しかもその時期だけに発生した「特別な文明」なのだという。それに対して「文化」は縄文以来日本列島に綿々と存在してきたものであって、それは「日本の文化」であるという。

 そう諭されてみると、そういうものかなあ、とも思ってしまうが、そうすると「文明」とか「文化」とかがそれぞれなにを指しているのか、という問いには答えられなくなりそうだ。頭のなかの整理が必要になる。

 それはそれとして、では江戸末期から明治初頭にかけてこの日本列島に存在した「文明」というのはいったいどういうものであったのだろうか。著者は引用文献数からも察せられるように膨大な引用を用いて説明する。

 著者は、日本の近代がそのまえの時代に引き続いてスムーズに移行したと考えるのは間違いであって、「江戸文明」あるいは「徳川文明」とでも称すべきものの滅亡がそのスタートになっているのだと主張する。「・・・われわれはまだ、近代以前の文明はただ変貌しただけで、同じ日本という文明が時代の装いを替えて今日も続いていると信じているのではなかろうか。つまりすべては、日本文化という持続する実体の変容の過程にすぎないと、おめでたくも錯覚して来たのではあるまいか。」と冒頭から詰め寄られる。さらに続けて「実は、一回限りの有機的な個性としての文明が滅んだのだった。それは江戸文明とか徳川文明とか俗称されるもので、十八世紀初頭に確立し、十九世紀を通じて存続した古い日本の生活様式である。」(10ページ)ということだそうだ。

 著者は、そういう認識のもとにこの膨大な外国人の証言を取り上げる。あまりに多過ぎて紹介もしにくいが、、、。
 「古い日本が異邦人の目に妖精の棲む不思議の国に見えたり、夢とおとぎ話の国に映ったりしたとすれば、それは古い日本の現実がそういう幻影を生じさせるような特質と構造を備えていたということを意味する。」(52ページ)
 「・・・当時の欧米人の著述にうちで私たちが最も驚かされるのは、民衆の生活のゆたかさに関する証言である。そのゆたかさとはまさに最も基本的な衣食住に関するゆたかさであって、幕藩体制下の民衆生活について、悲惨きわまりないイメージを長年叩き込まれて来た私たちは、両者間に存するあまりの落差にしばし茫然たらざるをえない。」(100ページ)
 「・・・ひと言でいって、それは情愛の深い社会であった。真率な感情を無邪気に、しかも礼節とデリカシーを保ちながら伝えあうことのできる社会だった。当時の人々に幸福と満足の表情が表れていたのは、故なきことではなかったのである。」(183ページ)
 「・・・つまり江戸は、けっして『大きな村』なのではなかった。それはあくまで、ユニークな田園都市だった。田園化された都市であるとともに、都市化された田園だった。これは当時、少なくともヨーロッパにも中国にも、あるいはイスラム圏にも存在しない独特な都市のコンセプトだった。・・・」(448ページ)

 と上げればきりがないのだが、だからといって著者はそれほセンチメンタルでもなく、「・・・私の関心は近代が滅ぼしたある文明の様態にあり、その個性にある。」のだそうである。

 結局、著者の本心は「近代を告発」したいのであろうか。それ(近代)はややむを得ずしてやってきたとはいえ、ひどく「貶めて」しまったそれ以前(近世)の日本をもうすこしキチンと見直そうではないか、ということなのであろうかなあ。

 かなりの部分で共感する。

[002] 2008/02/04 14:57:46 hy
>ふだん「文明」ということばのほうが「文化」というこ
>とばよりも大きい概念であるかのように思っていたのだ
大きいという意味はそれを支える奥、と思うのですが、そういう意味で、三田さんほんとにそんなこと思っていたのですか?三田さんの普段の発言は文化のほうから来ていると僕は感じていて、文明なんてたいしたことじゃないじゃないといわれているのだと思っているのですが。近代の文明は文化に取って代わろうとしていることが問題なのではないでしょうか。文化を尊敬して、その文化を守るためにしっかり文明をやれねばなない。


[003] 2008/02/04 15:21:28 三田 守久
 たとえば、「日本の文明」というものがあって、そのうちに「平安の文化」があり、「室町の文化」もあり、そして「江戸の文化」もある、というような文脈で使う、というか理解していたのですねえ。

 でも著者の言い回しからは、そういうものは「文化」であって、個々のものは「文明」と使っているようですね。でも著者は、「平安文明」とも「室町文明」とも言っていませんがねえ。

 多分、江戸期(徳川期)だけしかそれに該当しないので、それを独立した「文明」と表現しているのでしょうねえ。それはそれで理解はしているのですが、、、。

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