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書籍名 『誰も知らない世界と日本のまちがい(自由と国家と資本主義)』 [amazon.co.jp で検索]
出版社名 春秋社
著者名 松岡正剛
[001] 2008/02/15 15:26:57 三田 守久
 この著者の名前は聞いたことはあったのだが、読んだのははじめてだった。面白かった。

 どういう本と言ったらいいのだろうか。

 著者は、歴史的なことがらも文化的なものもいろいろなことを俯瞰して、それぞれちょっとずつ違う理解をしているかもしれないわれわれの認識を正そうとしているかのように見える。「こう理解しているだろうが、このように理解し直したほうがいいですよ」というように。結局、歴史や文化、政治や社会のあらゆることをすこしずつ移動させて比較的まっとうな位置関係に置いている、と言っていいのであろうか。わたしから見るとまるで文科系の「博物学者」のような感じだ。

 しかしいろいろなことをよくもまあ知っている。ほんとうに感心する。

 著者の思想的な背景は知らないが、そこここに表明されている見解を見るかぎり、おおむね賛同できそうな主張が多い。

 なんでもかんでも「民営化」すればいいというものでもなかろう、たとえば「警察」は民営化できるか?著者は、「つまり、警察の民営化、つまり資本主義化には問題があるということです。きっと『国営』と『民営』のあいだどこかに問題があるんですね。」(28ページ)という。そのとおりだろう。郵政の民営化ももしかしたらその類いかもしれない。

 また資本主義に対する懐疑的姿勢も取り上げている。「ドゥールーズとガタリは資本主義というものは『欲望を内部に溜めこんで人間の精神を犯す機械』だという主張をしているんです。」(44ページ)という紹介をしている。ドゥールーズとガタリの「リゾーム」というのもそこからきているのかな。

 日本は朝鮮を侵略したと書いてもいる。そうかな、とは思うが、歴史の流れを淡々と、大きく捉えれば、たしかにそうかもしれない。多分、「侵略」ということばからくる印象にわれわれは左右されているのだろう。この本を読んで「侵略でもいいではないか、侵略したから悪い、侵略しなかったからよい」というような判断はあとづけの価値観の適用みたいなものだ、と思うようになった。

 マルクス経済学など難しそうで勉強する気にもならないが、著者は簡潔に、「マルクス経済学は、ひと言でいえば、『資本主義による生産システムや交換システムは人間社会の矛盾を拡大する』という結論に向かっているものです。」(274ページ)という。そうかそれなら理解できる。それに賛成する。それだけで果たしてマルクス経済学に同意していいものかどうかは疑問だが、すくなくともこういう風に一途両断に表現してくれたものにはお目にかかっていない。

 大衆ということばにはなにがしかの侮蔑の感情が込められているようであまり使いたくないが、著者はオルテガの文章を借りてつぎのように言っている。「オルテガ・イ・ガセットというスペインの思想(家が抜けていますが)が、『大衆の反逆』のなかで、こんなことを言っています。大衆は『自分では何も考えずに、みんなと同じであると感じることで安心する連中』というふうに。うーん、当っていますねえ。」(385ページ)そうだな。当たっている。でもこれはよく引用されている有名な文章だったような覚えもある。

 そしていまの官僚的な組織体質を指摘するようなことも。「とくにボードリヤールの指摘で説得力のあったのは、『生産と消費がシステム自体の存続のために食われてしまっている』という指摘でした。どういうことかというと、銀行は銀行の維持のために銀行を食べつくし、百貨店は百貨店を自己言及するために、百貨店を食べつくすということです。」(423ページ)

 著者はこうしたいろいろなことの場所の置き換えを「知の編集」のように呼んでいるようだ。

 そしてまた「日本」と「日本の方法」が好きだとも言っている。多分、そこに世界の隘路を突破できるかもしれないなにかを感じているのかもしれない。

 もうすこし著者の本を読んでみたくなってきた。

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