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書籍名 『東京めたりっく通信物語』 [amazon.co.jp で検索]
出版社名 「東京めたりっく通信物語」出版賛同人会(非売品)
著者名 東條 巌
[001] 2008/04/21 17:26:44 三田 守久
 言わずと知れた、あの「東條 巌」氏の著書である。

 私家版、非売品であるから、ここで書評を述べるのはどうかとも思うが、いずれべつのかたちで出版されるであろうから、それに先駆けての書評ということでご容赦いただきたいと思う。

 東京めたりっく通信株式会社(TMC、ところによっては「東めた」と略記されるときもある)については、すでに多くのひとびとの知るところではあるけれども、それがじつはその起業よりずっと以前からあった構想の延長線上にあることを知るひとは少ないのではないかと思う。

 日本のインターネット「劇」の幕開けは、1993年に商用サービスを開始したインターネット・イニシアティブ株式会社(IIJ)ということになろうが、それからわずか2年後の1995年には東京インターネット株式会社(Tnet)がサービスを開始(発足は1994年末)している。

 TMCの起業の伏線は、このTnetにある、と東條氏も説明している。なぜならこの会社の発足は、UBA(UNIX Business Association、現NextQ)主導で始まったものであって、当時、そのUBAの会長を務めていたのが東條氏であったからである。

 Tnet発足についても、UBAの準備会合(というか「朝まで討論会」という正体不明の理事会)の話も関係者に聞くと、これもなかなか面白い。じつはそのための伏線もあって、この準備会合に先立って、現在の株式会社JCC社長の石井氏、株式会社ディアイティ社長の下村し、現、株式会社アールワークスの社長の木下氏、それにわたしとわたしの部下2名ほどで、池袋の中華料理屋で会合を持ち、IIJの料金の高さを嘆き、あるいは憤慨し、もっと安い接続料金の会社を作れないかの打ち合わせをし、引き続き若干の検討に日数を費やしたが、結局、資金をどう集めるかの答えがないまま、うやむやになってしまった。その後、半年ぐらい経過したころに、木下氏から「じつはUBAの理事会で、例の安いインターネット接続料金の会社の必要性の話を出したらたいへんうけまして、具体化できるならやってみよう、ということになりました」との報告をいただいた。これがUBAの準備会合なのだった。

 Tnetの話もそれなりには面白いが、まあ、この本の主役は「東京めたりっく通信株式会社」だ。Tnetは、結局、1998年にPSIに経営権を譲渡した。

 恐らく、TnetのPSIへの経営権の譲渡は、東條氏にとっては相当の消化不良であったに違いない。そのことがTMC起業の遠因にもなったのであろう。

 Tnet経営と並行して、伊奈におけるADSLの実験にも手を拡げていた東條氏としては、「普通のメタル線」でインターネットのサービスを実現できる、しかもNTTはそれをある意味「ひた隠し」にしている、とあっては東條氏の気持ちが燃えないわけはなかったであろう。必然であったやもしれぬ。

 結局、TMCを立ち上げる。

 この本は、つまりこのTMCの物語である。内容的にはたしかに面白いが、しかしそれはいまだから言えることで、ましてや著者の東條氏にあっては、その当事者中の当事者であることを考えると、「いまだからこそ」こうして痛快な読み物として提供できる、ということであろう。

 目次の章立てのうち一部を抜き出しただけでも、読者諸氏には想像できようというものである。

第二章 東京めたりっくの発足と相互接続交渉
 ・
第三節 東京めたりっく通信の発足
第四節 KDDの支援を得る
 ・
 第六節 接続交渉で大きく前進
 ・
第三章 商用試験サービスの前哨戦の日々
第四章 ブロードバンド通信の最前線に躍り出る
 ・
 第二節 第三社割当で50億円の資金調達
 第三節 半年で50万ADSL回線を構築
 第四節 ブロードバンドISPとして自立
 ・

 ここまでが上り坂。そして頂点ということであろうか。

第五章 立ち塞がる障壁
第六章 非常時体制で臨む最後の決戦
第七章 最後の一戦に向けて
第八章 あっけない幕切れ

 とどめは、朝日新聞記者原淳一郎氏の「経営危機か」の記事だったという。とはいえそれが原因ではなかった、と当の東條氏自身も書いておられる。

 発足のおりに、稲盛氏には「やめておきなさい。所詮、お上には勝てませんよ」風の忠告を受けたという。

 そんなことわかっていて挑んだ勝負なのだからこれもしかたあるまい。むしろ稲盛氏のほうが自らが辿ったベンチャーの精神を忘れていたのであろう。

 わたしは東條氏のことを「反権力」、「反権威」、「反体制」の権化のように表現しているのだけれども、この本を読んで、それは失礼かもしれない、と思うようになった。なぜならそれらの「反・・」は、「・・」が存在しなければ意味がないものだから。
 また東條氏のこの「東京めたりっく株式会社」についても、あまり論評してこなかった。多くのひとびとが「東條さん、よくやりましたねえ、成功ですよ」のような声かけをしているのを耳にしても、そういうのはおべんちゃらじゃないか、と思ったりもした。なぜなら、(少なくともわたしは)東條氏本人から「成功でした」という発言を聞いたことがなかったからである。「成功」にしろ「失敗」にしろ、当事者の意識がどこにあるかによって、どちらにも転がり得る。肝心の東條氏本人がなにも言わないのに周囲が言うべきことではない、とも考えていた。

 今回、この本を読ませてもらって、やや考えが変わった。つまりは、東條氏の活動を成功とか失敗とかの次元で捉えないほうがいいのではないかと思うようになった。

 結局、「・・・ADSLで世の中はひっくり返るやもしれないと、密かな期待を抱いていたのである。」(23ページ)が東條氏の真骨頂なのではあるまいか。「ひっくり返」ってどうなるか。そこに勝機を見出せるか、それはわからない。しかし「勝機」となり得る状況を作り出さねば、勝負はできない、自分がその勝機に乗じることができるかもどうかわからない、それは自らの才覚の発揮の場でもある、それには自信はある。ともかくも「場」を作り出さねばならない。そうした状況へのチャレンジこそが、東條氏のやむにやまれぬ、あるいは押さえがたい性癖ともいえる、持って生まれた感性なのではなかろうか。

 そう考えると、東條氏にとって、東京メタリックは、成功でも失敗でもない、チャレンジの一例に過ぎない。多分、押さえ難いその欲求は、またまた新たな「混沌」を齎すべく活動をはじめるに違いない。

 しかしそう期待され続けるというのも辛いことかもしれないなあ。

 本書がどう装いを変えることになるかは不明だが、早く店頭にんでほしいものだ。

 (追記)一回目の読破は、いわば「校正」作業のようなものだった。1ページに数個は校正の対象があった。二回目にようやく内容に入り込むことができた。書店に並べるときには、相当に変更を加えさせられるかもしれないなあ。しかし読みものは「勢いだ」とつくづく感じさせてもらった。
 










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