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書籍名 精神と自然 [amazon.co.jp で検索]
出版社名 新思索社
著者名 グレゴリー・ベイトソン
[001] 2009/08/01 12:53:51 山田博英
この本の英語版(Mind and Nature; a necessary Unity)というペーパーバッグ本を30年くらい前に買って、ちらりと眺めて、ダブルバインドという概念になるほど、と思った後ほったらかしにしていたのに、いつも日常的に頭の片隅でベイトソンが何か話しかけてくるようない気がしながら30年を過ごしてきたのですが、最近本屋さんで訳本が出ているのを見つけて買って読みました。今、僕らはどのように個人的に生きるか、そしてどのようにして社会的に生きるか、それがますます分裂してゆく状況の中で、どのようにこの両者を世界的なレベルで統合してゆくのかが問題になる時代になったと思います。そんな中でSwimyでは社会軸と生活軸という風に分けてそれを考えようとしていますが(僕のswimyのつかいかたです)、そのとき選挙があることもあって「責任」ということがいわれてきたので考えたときに、その切り口から;

・体制を守る責任
・人の権利を守る責任
・国を守る責任
・地球を守る責任
・歴史を守る責任
・自由を守る責任

いろいろな責任はどうやって統合されるのだろうか;

目を広く開いてみよう。かつて世界にあった(そして今なおあり続けている)さまざまなエピステモロジーの中で、世界の最終的な統合をうたっているものがいかに多いか。全く対照的といえるほどかけ離れた見方であっても、この大きな軸だけは共有している場合がほとんどである。しかもその多くが、最終的統合の姿を美と見ている。最終統合の輝きがかくも大きな普遍性を持っているということは、現代に君臨する量の科学ですらそれを消し去ることはできまいという希望を与えてくれる。
 世界が一つの美的な秩序のもとに統一されるという感覚を失ってしまうようなエピステモロジー(世界の知り型)は、端的にいって誤りであるという考えに私は固執するものである。
 −精神と自然 グレゴリー・ベイトソン 新思索社

つまり「美」に向かって統合するのだ、ということに読めます。確かに「美」は人を超え、組織を超え、国を超え、宗教を超える。なおかつ、何を美しいと思うか、についていろいろ選択ができる多様性をもつフレームだ。これは僕にかありぴったりくる次第です。

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