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書籍名 『1Q84』 [amazon.co.jp で検索]
出版社名 新潮社
著者名 村上 春樹
[001] 2009/08/02 23:40:54 三田 守久

 小説なんて読むのはずいぶん久しぶりだ。何年ぶりか。

 いまの時点(2009年8月2日)で200万部というのだからすごい。なぜそれほどに売れるのかよくわからないが、、、。

 この本はもちろんイギリスの作家、ジョージ・オーウェルの『1984年』をもじったものだろうが、肝心の『1984』を読んでいないのだからそれとの比較はできない。

 『1Q84』は、2冊(部?)構成になっていて、第一巻は1Q84年4月〜6月、第二巻は1Q84年7月〜9月となっている。

 小説のジャンルはなんといったらいいのか。SF小説?ファンタジー小説?多少はハードボイルド?あるいは、すこしだけ恋愛小説?

 もともとこの小説を読もうと思ったのは、やや「ポリフォニー(多声)小説」めいたスタイルであるという書評を読んだことだった。読んだ結果からは、どうであるかといえば、「ポリフォニー」的な部分はあるとも、ないとも、なんともいえない、というのが正直なところか。たしかに登場人物はそれぞれ独立して思考し、発言し、行動しているように見える。

 だが、では登場人物がすべて、作者の手を離れて独自に存在しているかといえばそうともいえない。明らかに、登場人物は作者の分身である。つまりこの小説は「モノローグ的」であって、ミハイル・バフチン指摘するところのドストエフスキーの作品に見られるような手法(ポリフォニー的)で描かれていない。

 登場人物は、ほとんどすべてが同じ知的レベルであることが披瀝される。そしてそれは。著者、村上春樹氏の知的レベルなのであろう。たいしたものであることは当然のことながら認める。登場人物のやりとりはときとして、結構,気が利いていてロバート・B・パーカーの小説スペンサーシリーズに登場する、スペンサーとホークのやりとりを思い起こさせる。そういう感じはわたしだけだろうか。

 とはいえ面白いことはたしかだ。売れるのも当然か。ただ書店に出るまえに本の内容はまったく伏せられていた。ここであまり明らかにするわけにはいくまい。

 ただひとつ気にかかるのは、主人公のひとり女性は最後に「死んで」しまったかどうかは明らかにされない。
 またもうひとりの主人公の男性は、最後にもうひとりの主人公の女性を捜すことを決意して終わる。
 どの登場人物も、小説としての結末がどうであるかについては明らかにされない。

 第一冊目は、(Book1 終り)となっており、第二冊目は、(Book2 終り)となっている。
 続くとも続かない、ともわからない。

 まさか、アメリカあたりの安手の映画のように、人気が出れば続きを作る、というやりかたを真似るわけではなかろうなあ。そんなことをするかもなんて考えるのは「下衆の勘ぐり」であろうか。しかしこれで続きが出るなんてことあるのだろうか。

[002] 2009/08/05 14:34:02 三田 守久
 「面白い」と書いたが、批判的なことはあまり書かなかったので、以下にやや正直に、、、。

 この小説で著者はなにを言いたかったのであろうか。じつのところよくわからない。全体に「軽い調子」を感じるのはわたしだけだろうか。著者にはおそらく「深淵」なる構想あるいは思想があるのだろうが、それが伝わってこない。「1Q84年」の4〜6月、7〜9月のさらにあとに10〜12月があるのだろうか。それらを俟たないとわからないのだろうか。

 このなかには実際に起こった事件や組織やなどが、それとわかるかたちで、名前を替えてでてくる。

 学生運動も、オウム真理教も、よく見かける絶対に輸血をしない宗教などなど、、、。これだけ「それ」とわかるものを登場させるのであれば、それらについてのありきたりな解釈ではなく、著者自身のほーと思わせるような解釈があってもよいのではなかろうか。オウム真理教もどきについても、とおりいっぺんの説明でそんな話をくどくど説明されても面白くもなんともない。ほかも同じ。

 それらを取り除くと、なにが残るか、といえば多少のSFっぽさと、ちょっとだけ気の利いたハードボイルドタッチの会話か、そしてやや乾いた恋愛小説風物語か。どれもとりたてて鋭いものを感じさせない。

 SFっぽい組み立ても、本格的なSF小説を読んでいるひとびとには「ちゃち」のひとこで片付けられるだろう。ハードボイルドっぽいところも、まあ著者の知的レベルが高いぞ、と喧伝しているように感じられる。ロバート・B・パーカーの足下にも及ばない。恋愛小説風の仕立てもその手の小説の好きな連中からは見下されるだろう。

 要するに、ひとつひとつの構成単位になっているものに深みが感じられない。結果、非常に浅い内容で(実際には厚いのに)薄手の本になってしまっている、ということではないだろうか。
[003] 2010/01/21 14:07:08 三田 守久
 19日、ロバート・B・パーカーが死去したそうだ。ハードボイルド小説として無類の面白さがあって、スペンサーシリーズは、まだ読んでいないものもこれから読もうと思って集めておいたのに残念だ。77才だと。直前までふつうの生活をしていたのになぜ?というところらしい。それで思い出した。『1Q84』の書評を書いたときにロバート・B・パーカーのスペンサーシリーズのことを引き合いに出したのだった。

 あとから知ったことだが、『1Q84』の著者、村上春樹氏もロバート・B・パーカーのファンだそうだ。『1Q84』のなかにある(たとえば用心棒っぽい男との会話など)ややハードボイルドタッチのやりとりなど、(ロバート・B・パーカーを意識したのかもしれないが)とてもとてもかれにおよぶところのものではないと思う。

 ある批評家が、『1Q84』あるいは村上春樹氏の文章を、あるべきところにあるべきことばあって、まことにすばらしいのようなことを書いていたが、文章がすばらしくとも、小説として面白くなければなんにもならない。

 やはりというべきか、『1Q84』(1、2)の続編(3、4か?)を執筆中だそうだが、止めたほうがいいのではないかなあ。

 

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