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書籍名 日本語が亡びるとき [amazon.co.jp で検索]
出版社名 筑摩書房
著者名 水村美苗
[001] 2009/02/22 12:40:10 山田博英
「文化とは、<読まれるべき言葉>を継承することでしかない。<読まれるべき言葉>がどのような言葉であるかは時代によって異なるであろうが、それにもかかわらず、どの時代にも、引きつがれて<読まれるべき言葉>がある。そして、それを読よみつぐのが文化なのである。pp302」

この本は<読まれるべき言葉>を記述可能にする書き言葉が普遍性を距離と時代を超えて運ぶのだ、といっている。話し言葉を超えた言葉、自分を超えた、<読まれるべき言葉>のなかに存在する普遍性を理解すること、それが文化であると。この普遍性こそバウンダリーオグジェト( http://www.abccommunity.org/memo7.html )であり、全体を距離と時間をこえてまとめる力を持つ。文化とは全体をまとめる力なのだ。良いバウンダリーオブジェクトを持つ文化が良い文化である。そしてその良い文化は人を信頼し、人を自由にする、ということを追加すると、この言葉の話は我々のフレームの話に直結している。このような本が発行したとたんに増刷となるということは希望が持てる。
[002] 2010/10/30 10:26:02 天野 操
「日本語が亡びるとき」を感慨を持って読ませていただきました。題名から想像するより、はるかに豊富な日本語論が記されていて日本語の生い立ちもよくわかり、美しい、奥深いこの日本語の表現を、読みつがれる言葉として、大切にしたいと思いました。
[003] 2010/12/01 13:15:25 神谷英一郎
私もたいへん面白い本だと思った。主張の一部を簡潔に(つまり正確さを犠牲にして)紹介すると。
言語には、日常生活のことば(現地語)と、人類の叡智を集積する機能を持った学問のことば(普遍語)がある。普遍語は国・民族の枠を超えて知識人に共有される。代表的な普遍語は、西洋ではラテン語であり、東洋では漢文であった。
そこへ、グーテンベルグ革命が起こった。この革命の結果、
1)        叡智の集積にアクセスできる人の数が圧倒的に増えた
2)        商品としての本がある程度の大きさのマーケットを必要とする事から、統一された現地語として出版語が生まれた
3)        普遍語から出版語への大量の翻訳が行われ、出版語が普遍語に準ずる機能を持つに至った
4)        これが国家・民族と結びつくことによって「国語」が誕生し、普遍語としてのラテン語が過去の物となった
5)        国語が生まれて始めて近代文学が出現できた
この段階にある世界へ、開国日本は参加することになった。そして主としてフランス語・ドイツ語・英語の3大国語によって蓄積された叡智へ日本人がアクセスするためのことばとして日本語が成立し、また翻訳機関として大学が作られた。国語としての日本語、曲がりなりにも学問が行えるごとばが成立するためには大量の新語が作られる必要があったことは、周知の事実だ。国語としての日本語の成立と共に、近代文学も登場したが、これは世界を見渡して見れば奇跡的なできごとである。
しかし、20世紀末から、新たな普遍語として英語がその国語の地位を抜け出して登場した。これにより、フランス語とドイツ語は準普遍語から普通の国語へとその影響力を退潮させることとなった。この革命はさらに進展し、学問のことばとして、次いで文学のことばとして、日本語は使われなくなるであろう。

たいへんすっきりした分析である。「自国語で高等教育が行える国は限られているのだ」という話は良く聞くが、なるほどこういうことだったのか、と腑に落ちた。ただし、結論の「このままでは日本語は亡びる」には賛成できない。学問はともかく、文学を英語で書く人は、ゼロではないにしても今後とも極めて例外であり続けるだろう。なにしろ、私の経験から言って、ほとんどの日本人にとって英語を文学できるレベル(読むだけでも)で習得するのは無理だもの。そして、今までどおり大量の翻訳を通じて日本人は普遍語である英語とつながり続けると思う。

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